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May 27, 2005

名前ではなくて中身の問題だと思う

「週刊!木村剛」世間体はブログの抑止力になるのか?に対する投稿です。

前回このブログで、今ブログ界で起きている議論は、10年以上前にパソコン通信の時代に交わされた議論と似たものが多いと指摘した。今回の議論もすでに議論が尽くされて皆飽きてしまったものだ。NIFTYの会議室でも匿名の是非の議論はなされていた。少々ちがうのは、NIFTYのシステムは本名を公開するとかなり高い確率で本名でなのだが、今のブログのシステムでは本名ですと宣言していても確認するのは難しい。

どういうことかというと昔のNIFTYのシステムでは契約者つまりお金を払うことをクレジットなり銀行口座なりで保証されている人の名前が公開される。その気になれば架空銀行口座をつかって偽名を名乗ることは可能だろうがそこまでするのはなかなか大変だ。
ところがブログのシステムは、自分で自由に名前を名乗ることができる。それが本名であるかどうかは、確認するすべはない。木村氏のような有名人であれば他人が同じ名前を名乗っていればすぐに分かるだろうが、そのような人はブログ界では少数派だろう。

「世間体が抑止力」になるかだが、NIFTYの経験からは、人による。全く気にしない人も結構いて、本名でも平気で偽名の時と同じ発言をする人も数多くいた。ではハンドルしか名乗らない人はみな世間体を気にしないのかといえばそれも違う。私も経験があるがミスをして攻撃的な発言と誤解を招いてしまい、慌てて取り繕ったりする人も多い。

そんな経験から、私が重視するのは発言者の同一性が保たれるのかだ。ネットの中のコミュニティでそれなりの信頼を得ようとすれば、変な発言はできない(それを世間体というのだと思う)。だから本名であろうが、ハンドルであろうが、信頼を失うような発言は、世間体を気にするならしないはずだ。ところが、同一性が保たれない、たとえば一回限りで二度使わないような名前での発言では世間体は気にしなくてもよくなる。

私がブログが掲示板より優れていると感じるのは、同じブログであればそこに書いている人は同じと決まっていると考えてほぼ間違いないことだ。掲示板では、たとえ名前が同じであったとしても本当に同じ人の発言かどうか確認するのが難しい。また、ブログの場合はそこに書かれている過去の発言を簡単に読むことができる。つまりこのブログを書いているであろう個人が過去どんなことを言ってきたかすぐに分かるわけだ。この部分は掲示板やパソコン通信の会議室では、すぐには分からない、過去の発言を丹念に調べたり、ある程度の期間その掲示板なり会議室をウオッチしてどんな発言者かを知る必要がある。

本名であろうが、ペンネームやハンドルであろうが、その人がどんなことを言っているのかを見極めて判断するればいいことだと私は考えている。本名かどうかで発言内容の質が判断できるとは思えない。ただ、そのように発言の中身ではなくて肩書きで判断する人も世間では多いのでとめるつもりはない。皆が自分の責任で判断すればいいことだ。

本名での発言を主張している人達が、本名での発言しか許されなくなったら、ネット上での誹謗中傷がなくなると考えているとしたら、それは大いなる誤りであることを指摘しておく。自信を持って断言する。たとえ本名でしか発言できなくなっても誹謗中傷はなくならない。所詮人の口に戸は立てられないのだ。

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May 18, 2005

やっぱりライブドアはネットが分かっていない

ライブドアのニッポン放送株の大量取得が話題になっていたころこんなことを書いたが、やっぱり分かっていないという事件が最近発生した。簡単に説明するとライブドアのブログサービスで人気ランキングを行っている。ところがライブドアの広報ブログが「2ちゃんねる」のサイトから細工をされてランキング一位にされてしまったのだ。

何でもライブドアの人気ランキングの計測システムには欠陥があって他のサイトからアクセス数を付け加えることができるらしい。今回の事件の経過も含めて有志によるlivedoorBlog改善会議をみると説明がある。

2ちゃんねらーの人たちはこの手のイタズラが好きなようだ。ライブドアが彼らに遊ばれるのは、私の知っているものでこれで2度目ということになる。「有志によるlivedoorBlog改善会議」によるとランキングの計測システムに欠陥があって、それを悪用した上位ブログなどもあり改善要望が出ていたようだ。それに対応する形で利用規約を変更して、他サイトからアクセス数を付け加えるような細工をしてランキングが上がったblogは強制削除するという対策を行ったようだ。ならと2ちゃんねるのひろゆき氏が自分のblogでテストを行った後にライブドアの広報ブログでも強制削除されるか試したらしい。

ひろゆき氏ってネットの申し子のような人だ。ネットの特性を上手く使って遊んでいる。こういう人たちがネット上で一つの勢力として活動していることをもっと意識しないといけない。行っていることはたわいもないイタズラレベルだと思うが、それの結果がネットの効用のおかげで広く知れ渡る(影響する?)ようになったわけだ。これは一個人の発言であるblogの記事が広く知れ渡るのと同じなのだ。今回は、このような行為の是非の議論はまたの機会にゆずる。

私が注目するのは、この事件の背景にある人気ランキングのシステムに対する利用者の議論だ。内容を見ていると10年以上前にNIFTYの会議室で交わされた議論と同じものを感じる。当時Windows系の会議室が非常に人気であった(当時は接続時間で計測していたのかな)。NIFTYは管理者にその人気に応じた報奨金のようなものを出していたので、それが議論の元になったものだ。当時の意見で私が覚えているものには、

一般会員の書き込みという労力で何もしていない管理者が稼ぐのはけしからん。
管理者及びNIFTYは一般会員の意見を聞かないor対応が遅い。
はっきりした基準なく会議室にふさわしくない発言を削除するのはけしからん。

などだ。実によく似た意見を今回の事件を調べていた時に目にした。これは使用者に進歩がないとみることも出来るが、当時NIFTYにいた人達が言っているわけではないだろう。ここから運営側が過去から学んでいない証拠だと私は考える。このような意見が出てくる可能性は過去のネット上のいろいろな事件から推測可能だと思う。対策を立てていないから、似たことが問題になるのだ。やっぱりライブドアはまだあまりネットのことが分かっていないように感じる。まだまだネットのことを学ばないとまた遊ばれることになるだろう。

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May 17, 2005

マスコミはなにを報道すべきか

JR福知山線の事故の報道の経緯をみていると、いろいろなことを考えさせる。やはり世間にはそれなりの常識をもった人も多いようでblogでもいろいろと意見をみることができる。
JR福知山線の事故に関しては次の視点からのものがあると思う。

事故時の取材方法
ヘリの音、被害者の写真、病院での搬送妨害
その後の無責任な原因推測
JR社員の宴会行為などの追及、その結果のJR社員への嫌がらせ

JR社員への嫌がらせなどは報道被害の最たるものだと思う。マスコミ各社は責任を感じてしばらくゴルフ、宴会の類を控えてもらいたいものだ。
報道被害といえば事件が起こったときに起こる被害者への集中的な取材が思い浮かぶが、もう一つ最近よく話題になるのが、救助活動に対する妨害としか思えない行動がある。そのうちの一つに阪神大震災の時から言われるようになったヘリの音の問題がある。今回のJRの事故でも上空からの映像がTVで流れていたが、正直見ていて不愉快だった。きっとこのヘリの音のために救出活動に影響があるだろうと感じたからだ。今回はとなりのビルの屋上にでもカメラを設置すればヘリなど飛ばさなくても救出活動の映像はとれたのではないだろうか。それにしてもどうして10年前から指摘されていながら同じ事を繰り返すのだろうか。

そんなことを考えていたら鯨を追い立てる報道へりの証拠写真がblogで紹介されていた。このblogから新聞社に抗議が行われたようだ。またそこからJR福知山線の事故でのヘリによる取材への抗議とその回答を載せているblogも知った。このような活動がすこしでも事態の改善に役立つことを願っている。

中越地震の時に携帯からの報告という形でマスコミの人間の傍若無人ぶりがネット上に報告されたことがある。ただことの真相ははっきりしない状態だ。私のとっている朝日新聞では、紙面評のようなコーナー(正しい名称は忘れた、珊瑚礁捏造事件あたりの反省で出来たものらしい)で取り上げられていた。ただそのような情報が流れたということで終わっており、ことの真相を調べようとする姿勢は見られなかった。

実はこの部分が今のマスコミの一番の問題だと私は考えている。日ごろ真実の報道とか事実を読者に知らせるとか、言っている割になぜ真相を取材するという発想がでてこないのか。身内(マスコミの真実)に関しては報道の対象外という考えが染み付いているものと思われる。

今までマスコミは自分達の行動が広く報道されることはなかった。マスコミはマスコミを報道してこなかったからだ。しかし、これからは一般の人がblogなどネットを通して報道していくことが増えてくるだろう。
そこからマスコミがマスコミを報道するように態度が変わっていくと事態の改善が大きく前進すると考えている。そもそもなぜマスコミ各社がヘリを飛ばして同じような映像を撮るのかです。マスコミ用語で言うところの「他社に抜かれる」のがイヤだからでしょう。しかし、見方を変えれば、日本的な横並び主義に過ぎません。他社が報道したものを報道しないと内部で問題になるのでしょうか。ちょっと視点を変えた報道を同じ対象に対して行っていれば営業上は十分に対抗できるはずです。
たとえば、どこかのTV局がどうヘリを飛ばして映像を撮っているか。録画しておいて、ヘリの騒音の問題が出たときに実例として報道するとか。

報道に値する真実はちょっと視点を変えれば沢山転がっています。マスコミ各社が横並びをやめて、いろんな取材を行うようになれば事件の被害者にマスコミが殺到してメディア・スクラムが起こることも少なくなると思います。また不幸してメディア・スクラムが起こったとき、近所の人がblogなどでその様子を伝えることが今後起こってくるでしょう。
願わくばそこから、ことの顛末をきちんと記録し、取材も交えて報道するメディアが現れることを願っています。

「これは投稿です」

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May 09, 2005

献血者が不足らいし

最近献血の不足についての報道を何回か目にした。季節的に献血が不足する時期なのか、それとも最近BSEがらみで献血条件が厳しくなったことを受けての報道なのかは知らない。また、20歳前後の若い人の献血者数も減っているという報道もある。

報道では、献血の不足は述べられているが、献血された血液の使用量については述べられていない。献血者が減っているだけでなくて、使用量も増えているのだろうか。それとも使用量は一定だが献血の減少で輸血血液が不足しているのだろうか。
献血は人工血液などが実用化されていない現在の医学では必要なものだろう。しかし、医学会では善意で支えられている献血に対して献血者の負担を減らそうという活動は行われているのだろうか。医療関係者は輸血血液も他の医薬品と同じように必要と訴えれば供給されるものだと考えているのではないだろうか。献血者の人達の善意の賜物であり、貴重なものだという意識はあるのだろうか。

輸血血液は以前は技術的な問題もあり無駄な使われ方や、使われずに捨てられることもあったと聞くが、現在はそのような問題はどの程度解決されているのだろうか。献血を受ける側もそのあたりの改善の成果を世間に訴えてもらいたい。
献血された血液は一滴も無駄にしないように努力している姿を見せてこそ献血の呼びかけにも説得力がますというものだ。輸血血液が不足すると命にかかわる人が出てくることだけを訴えているようでは、献血者の減少傾向はとまらないような気がする。

5/17 追加
トラックバックをいただいたところからこんな記事を知りました。残念ながらいまでも輸血血液は無駄に使われているようです。

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May 08, 2005

トレンドマイクロだけの問題か

トレンドマイクロのウイルスバスターがパターンファイルの不具合で大きなトラブルが発生した。私も職場でウイルスバスターを使わされているので人事ではなかった。幸い土曜日は休みだったので影響は受けずにすんだ。
この手のトラブルというか不具合は必ずおきるものだと私は思っている。人間はミスを犯すものだからだ。問題はミスが起きたときに影響をどれだけ小さいくできるかだと考えている。このあたりは品質管理の考え方としては常識的なものだと私は理解しているのだが、ソフト業界では必ずしもそうではないのかもしれない。

今回の不具合はパターンファイルの更新が実はプログラムの更新も行っていたことによるものだ。そこでパターンファイルの自動更新をつづけるべきかの議論が出てくる。これは当然のことだと思う。私は自分のパソコンでは自動更新は行っていない。いつも手動でノートンアンチウイルスの更新を確認しながら行っている。今回のような問題があった場合防げたかというとちょっと疑問なんだけど、不具合の情報を先に入手していれば被害にあわずにすんだはずだ。トラブルの確率を少しは低くしていると思っている。

ただ、現状ウイルス対策がアンチウイルスソフトに頼っている現状を考えると、自動更新を行わないのは万人に進められる方法ではないと思う。私はそれなりに知識もあるし、痛い目にもあっていて注意をしているが、コンピューターの専門家でなく単に道具として使っている人達は自動更新をしたほうが安全だろう。このあたりに今回の問題の重要さがある。今やアンチウイルスソフトはOSと同等なほどになくてはならないソフトになってしまたということだ。まあ、Windowsを使っていればの話ではあるけど。

以前どこかで同じことを書いた記憶があるが、コンピュータウイルスの被害も本物の生物のウイルスと同じで感染対象が皆同じの時に大きな被害を被ることになる。農作物などですべて同じ品種を栽培していると何かの病気が流行ると全滅してしまうそうだ。だから、昔は畑を区切って複数の品種を栽培するのが普通だったそうだ。しかし、最近はコスト優先で利益があがる品種のみを栽培することが多くなった。そのため病気が流行ると被害が大きくなるそうだ。

長い進化の過程で生物が身に着けてきたことは意味があると思う。つまり多様性を持つことがウイルス対策のみではなくソフトの不具合対策としても最も有効だと考える。使用するOS(ソフト)を効率やコストだけを考えてすべて同じものにすることは、何かトラブルが発生した時に全滅してしまう。複数のOS(ソフト)に分散しておけば少なくともトラブルが発生していないOS(ソフト)の部分は問題なく稼動できるはずだ。あらかじめ対策を講じてあれば短時間で問題のないOS(ソフト)に切り替えることも可能だろう。

今回のウイルスバスターの不具合は、社内のシステムをすべて同じものにしてしまっている企業側の問題も明らかにしたものだと思う。ウイルスバスターだけではなく別のアンチウイルスソフトを使っている人がいたり、Windowsだけではなく、MacやLinuxを使っているいる人がいれば今回被害を被った企業でもその被害の程度は少なくてすんだだろう。特にインフラを管理しているような組織は真剣にこの問題を考えてもらいたいと思う。

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May 07, 2005

JR福知山線の事故報道

やっと、このごろ報道が一段落した感じだ。毎日死者の数が増えていくようなニュースを聞くのはホント嫌なものだ。
それにしてもどうしてメディアは犯人探し、原因探しがすきなのだろう。鉄道事故に関して素人な記者などのメディア関係者が素人考えの原因説を披露しても聞く方にとっては井戸端会議のレベルの情報に過ぎないことがわからないのだろうか。報道する立場にいるからと言って、自分達がなんでも分っているわけではないことをもっと自覚して欲しいものだ。確かに専門家と称する人達の意見は参考になるが、インタビューだけで充分だ、記者やアナウンサーの解説など時間のむだというものだ。

それよりも自分達の得意の分野で勝負して欲しいものだ。例えばちょっと検索サイトで調べれば、JR西日本の労組が電車の遅れに対する処分の厳しさなどをを訴えているサイトなんかも見つかると思う。で、そのあたりに取材などしてJRの労務管理のまずさなど報道することは可能だろう。

そんなことを言っていたら最近は、JRの職員が宴会やゴルフをしていいたことを調べて問題にしているようだ。あきれてしまう。大きな事故を起こしたからといってそこの従業員が全員謹慎などしていたら企業としての活動ができなくなってしまう。
事故を起こしても他の部署では平常通り電車を走らせなくてはならない。つまりいつものように仕事をする必要がある。ならば、職場の懇親や慰労は必要なものだ。また勤務外に個人として行うレジャーまで制限されるものではない。勤務時間外の行為まで追及されては一般の労働者はやっていられない。

正直このような追求のされかたは怖いものを感じる。突き進めば国が大変なときに(大変な理由は何とでもなる)宴会やゴルフなどするなと言い出すのでないかと心配になる。メディアの人達もも自分達がどんなことをやっているのかわが身に当てはめて考えてもらいたいものだ。

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