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December 23, 2005

はやぶさは失敗したのか成功したのか

小惑星探査機のはやぶさが注目されている。約20億キロほど旅をして先ごろ小惑星イトカワに到着した。イトカワへ着陸してサンプルを採集しようとしたのだが、どうも予定通りには行かなかったようだ。この手の計画は、ミッションが終了してから評価すべきだと思うが、まだ地球への帰路には着いておらず、計画の途中の段階だ。

それなのになぜ話題かと言うと、小惑星へ着陸して表面のサンプルを採集するという計画は世界初であって成功すれば大きな成果となる。そんなわけでニュースになったわけだ。実は、はやぶさはイオンエンジンで約20億キロの旅を無事終えただけでも世界初の出来事なのだが、着陸してサンプルを持ち帰ることに比べれば小さいことに思えるようで、一般のマスメディアでは扱われていないようだ。
(余談だがイトカワの名前はペンシルロケットの糸川英夫氏からとったものだそうだ)

私は小学生のころ読んだ読み物で火星旅行にはイオンロケットを使うのが一般的な化学ロケットより有利という話を思い出す。そのイオンロケットが実用になったと聞くと火星旅行も近いような気分になる。

さて、はやぶさが注目されている理由の一つに今回の計画(ミッションと呼ぶことにする)の進行をJAXA(Japan Aerospace Exploration Agency 宇宙航空研究開発機構)が逐一公開していることがあると思う。ネットの発達のおかげでノンフィクション・ライターの松浦 晋也氏のこちらブログなどからミッションの経過を逐一知ることができる。JAXAがネットでの情報発信をどの程度意識しているのかわからないが、科学に素人のマスコミ記者がよく分からないまま書いた記事などよりずっと実情が伝わっているのは間違いない。

でも相変わらず素人記者(科学に対して素人という意味)がピント外れなことを書いている。先の松浦氏のブログで紹介されているNET アイ プロの視点だ。

もともと、私は日本経済新聞は科学関係の記事が弱いと感じている。そんなわけで経済記事は信用するけど、日経の科学記事は少し信頼度を低くして読んでいる。まあ、その判断が間違っていなかったことがこのコラムを読むとよく分かる。科学技術部長をやっているような人が書いた記事があの程度なんだから。

記事を読んだ印象は、最後の結論が先にあってそこに持っていくために今話題のはやぶさの話を無理に使ったと感じた。結論は「失敗を恐れて低い目標を掲げてはいけない」「志の高い研究には失敗しても研究費を惜しげもなく注ぎ込む度量も必要」などという非常にもっともな内容だ。言いたいのは失敗をおそれるなということだと思う。

そこで、はやぶさのミッションが失敗で、関係者がなんかよく分からないことを言って、いい訳をしていると非難している。こんな感じだ「研究者が意図しているかどうかは別にして成否のあやふやな発表をみる限り、失敗の責任逃ればかりが前面に出ているような印象を与える。」私に言わせれば、自分の理解できないことは、あやふやな発表と言っているにすぎない。印象ではなくて、ミッションのどこが失敗なのかはっきり説明してほしい。

そもそも、科学ジャーナリストは、専門的な内容を一般の人にも理解できるように分りやすく説明するのが仕事だと思う。それを「印象」で片付けてしまうのは素人と言われても仕方が無いだろう。

私が感じたのは、はやぶさのミッションはかなり欲張っていろいろな技術的に新しいことをやっているというものだ。これは日本では予算が少ないので、あまり多くの探査機を飛ばすことができないという事情によるところもあると思う。それで、いろいろな技術に挑戦しているから、それぞれに対して、成果をみることができる。以前のように人工衛星を衛星軌道に乗せることが目標というなら、軌道に乗ったか乗らなかったかで成功失敗を判断できた。しかし、今回のようにいろいろ盛りだくさんなミッションでは、ことは単純には行かない。

先の日経のコラムが素人記者のものと言っているのにはもう一つ理由がある。それは次の記述の部分「出来上がったシステムが動かなかったり、目標を達成できなかったりすれば失敗であり、無駄な研究開発ということにもなる。」

失敗は無駄ではない。失敗からなにも学ばなければ無駄なんだが、失敗から多くを学べば成功と同じくらい価値があることがある。まあ、失敗を無価値のように言ってしまったのは、最後の結論「失敗をおそれるな」を強調しようとしての言葉なのかなあと、好意的にとってはいる。さすがに、「失敗は成功の母」という言葉を知らないとは思えない。
しかしだ、もう少し、研究開発における失敗成功の意味を考えてものを言って欲しいものだ。一介の技術者にすぎない私でも、失敗したものは無駄な研究開発だと言われると悲しくなる。成功するためにはその影で失敗や努力がどれほど必要なのか少しは知って欲しい。

先の松浦氏のブログには昔の素人記者の逸話が紹介されている。記者の皆さんは少しは進歩したのだろうか。だだ、この程度の科学知識しか持ち合わせていない人が書いている可能性があることを心してマスコミの科学報道を見る必要があることは、今でも変わっていないと思う。マスコミはブログと違って専門家から突っ込みがはいらないので楽ですからね。さて、ネットからの情報がこのようなお寒い科学報道を少しは改善してくれると私は少し期待したいのだが、どうだろうか。

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December 20, 2005

東証とみずほ証券のシステムの問題点

みずほ証券が誤発注で大きな損害をだした。そのうえにこの問題によって東証のシステムのバグも明らかになった。そのうえ、ミスにつけこんで大もうけするのは美しくないと与謝野金融担当大臣がが言ったものだから、もうけた証券会社が利益を還元するといいだした。ほんと、このごたごたを見ていると美しくない。

まずシステムの問題、もってもいない株を売ることができるみずほ証券のシステム。流通量の30倍もの株を売買できる東証のシステム。この二つともシステム的なバグと言っていいだろ。
そして、誤発注が明らかになったときにとった東証の対応。これは危機管理が全く出来ていない。
もう一つ金融担当大臣のおしゃるように法律的に問題ないが、金儲けに走って美しくない行動をとっている証券会社たち。

最後の道義的な話から、大臣の言うことに私も賛成だ。このような行為をそのままにしておくことは、法律を犯さなければ何をやってもいいという傾向を強めるだろうから、好ましくない。道義的な面で大もうけをした証券会社は責められるべきだ。そういう意味で大臣はよく言ってくれたと思う。誤発注を知った段階でその取引には関わらないようにするべきだっただろう。もっと突っ込んで行動するなら、みずほ証券と連携して事態の収集に動く証券会社があっても不思議ではない。そんなところが出てこないところが、株取引は博打だなんと非難されても反論できない部分ではないかと思う。

同義的な話と関連があるのだが、誤発注が明らかになってからの東証の対応もまずかったと感じる。なぜ、誤発注された株式を、すぐに取引停止にしなかったのだろうか。その後の報道によるとそのような例は海外ではあるようだ。いや、場立ちとか言う、コンピュータ化される前の人による取引の時代にはそのような事例があったらしい。
コンピュータ化する段階でいろんなトラブルに対応するための手順というかマニュアルの整備を怠っていたのだろう。これは危機管理が出来ていない証拠だ。まあ、東証としてはコンピュータシステムを作ったところへまる投げして、あとはよきに計らえとやったのだろう。今回の件を契機にコンピュータシステムのトラブルにとどまらず、いろいろなトラブルが起こった時の対応手順を定めて、関係者に周知しておいて欲しいものだ。

さて、最後に本題のシステムの問題。今回の誤発注によるトラブルはフェイルセーフの考えに基づかないシステム設計が一番の原因だと私は考えている。フェイルセーフとは人はミスを犯すものだという前提に立ってシステムを設計することだ。ミスがあったときに必ず安全側に行くように設計しておくことだ。

東証は今回の件があった後、証券会社はプロだから、変な発注はしないという前提でシステムを作っているという趣旨のことを言っていたようだが、とんでもない話だ。おそらく表には出ていないが、小さなミスが沢山あったのだろう。きっとそれで今回ほどではないが、小もうけくらいはした人や証券会社があるだろう。このように大きな事故の後ろに小さい事故が沢山隠れている現象をハインリッヒの法則という。

数値を人が入力する場合にその数値をチェックするのはコンピュータのシステムでは当たり前のことだ。コンピュータ間でデータをやり取りする場合でも、やり取りするデータの大きさをチェックしないとセキュリティホールを作ってしまうこともある。だから、データチェックは必ずおこなっているはずだ。

実際みずほ証券のシステムも値がおかしいという警告を出したようだ。しかし、警告を出しただけだ。これは、あらかじめ有りそうもない数値の範囲をプログラムに仕込んでおいて、その範囲になったら警告を出しているのだろう。
しかし、実際には自分の証券会社の保有株式以上の株を売ることはできないようにデータベースに問い合わせてから売買自体を社外に発信すべきだろう。それとも空売りになれてしまってそんな発想はなかったのだろうか。空売りにしても実際はどこからか株を借りてくるわけだから、同様のチェックは可能なはずだ。

東証のシステムについても同じことがいえる。流通量より30倍も多い株を売買できるなんで、考えられないシステムだ。学生が作った練習用のシステム並みだ。こちらも数値をデータベースに問い合わせてチェックするだけだ。特に大きな値の時だけ問い合わせるようにすればシステムの負担も減らすことができる。
今回の件から推測できることは、システムの設計段階で異常事態や例外時の検討が十分なされていなかったということだ。これらの責任は発注側の東証にあると考えられる。

今回、特定の条件のとき発注を取り消せないバグがあったことで、システムを開発した富士通への風当たりが強くなりそうなのだが、それはちょっと違うと思う。
システムがフェイルセーフで設計されていなかったこと。東証がトラブルを想定した対応を決めていなかったこと。これらは、そうとう重い責任だと思う。

少々残念なのは、今回の誤発注事件で、フェイルセーフという言葉も考え方も報道の解説などで出てこないことだ。フェイルセーフの考え方でシステムが作られていれば、人為的なミスによる事故はずいぶん減るはずなんだけど、その考え方を周知するいい機会なのに残念だ。

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December 16, 2005

もし私が強度不足のマンションに住んでいたら

某一級建築士による構造計算書偽装により発覚した日本の建築業界の無責任体質が巷の話題になっている。強度不足のマンションやホテルを売ったり、作ったところは、みな構造設計が悪かったからいけないと主張しているようだ。もしそうなら、設計者に一番報酬を払っているのだろうか。私が一番最初に感じたのはそのことだ。責任の重さに比例した報酬をもらうのは当然だからだ。そんな議論は残念ながら、マスコミのみならず、ネット上でもお目にかかっていない。

まあ、本人も認めているように、構造設計を偽装したことは悪いに決まっている。ところがこれがコンピュータシステムだと、設計者がここまで追及されることはないだろう。東証のコンピュータシステムの設計者名などが出てこないのが良い例だ。
余計なことを書いてしまったが、もともと建築業界でこのような強度が十分でない建物を販売することは昔からあった。だいたい手抜き工事の結果なんだけど、今回はより上流段階で手抜きをしただけで本質的な部分は変わっていないと感じる。この建築業界の手抜き体質を問題にすべきなのに、なぜか特定の人物や組織ばかりを攻撃している。これでは手抜き体質、不良品販売体質は変わらないようで不安だ。

もともと強度不足の建物があったことが問題になったのは阪神大震災だったと記憶している。大きな地震なんかそうくるものでもないから強度不足でもバレナイと考えていた建築関係者の思惑が外れた事件だった。その結果として、建築確認の作業が民間にも開放されて、今回の事件の原因の一つになったのは皮肉なものだ。ただ他にも10年間の保障制度もできたので、法律上は住民は保護されている。

問題は、保障責任がある販売業者に保障能力がないことだ。だから住民は困ってしまっているわけだ。ネット上の議論をみるとあの広さであの安さの物件なら、なにかあると考えるべきだという意見もある。確かに受益者負担の考えから、割安物件ならそれなりのリスクは覚悟すべきではあったと思うが、後からならいろいろ言えるが、買う前にそこまで考えられるかはちょっと疑問だ。

私がもしこのようなマンションに住んでいたらどうするだろうかと考えてみた。そもそも私は手抜き工事の不安があるので、名の通っていない業者の立てたものを買う確率は低いと思う。できれば公的なところが立てたものがいいと考えている。しかし、絶対に買わないと言う自信はない。

それで買ってしまったとして。強度不安があるとはいえ、1982年の建築基準法改正前の建物に住んでいる人と条件は同じと言う話があるので、そのまま済み続けるという選択肢もあると私は思う。おそらく、それほどあわてて引っ越すことはしないと思う。ただ、行政などが代替の住宅など準備してくれたら、引っ越すだろうな。

問題は、ローンの支払いだ。家賃とローンを同時に支払うのはおそらく不可能だろう。なら、どうするかというと、ここの意見をみて、そういう手があるのかと思った。つまり、ローンの支払いを停止するわけだ。そして、銀行にたいしてはどうぞ、担保物件を差し押さえて競売して資金を回収してくださいと言うわけだ。このあたりの手続きをするのに弁護士とかを頼まなくてはいけないのか、ただローンの支払いを止めるだけでよいのか、私の知識では分からない。単純に考えれば、手続きはともかく法的には、よさそうな気がする。実際引っ越したことで支払能力もなくなってしまったわけだから。道義的に銀行が文句を言ってくるかもしれないが、賠償は売主に言ってくれで通るような気がする。

問題点は、今までに払ったローン分と頭金が損害となって保証されないことだ。ローン分は家賃と思ってあきらめるとして、頭金にいくら払っているかだろうな。これは、本当にそのような目にあってみないと判断できない。残りのローンの重圧や、保証能力のない販売業者の態度などで判断は違ってくると思う。
今回問題になったマンションは比較的新しいものが多いのですでに払った返済額も少ないだろうし、最近は100%ローンなんかもある。頭金をあまり払っていなくて、残りのローンが30年もあると、やっぱりそのローンからは逃れたいという思いが勝るような気がする。

さてローンの支払いから逃れたいと考えた時に、このようにローンの支払いを担保物件を差し出すことで免除されるのか、法律の専門家の方が読んでいたらぜひ教えて欲しい。また、問題なくその手が使えるなら、ぜひ本当に強度不足の住宅に住んでいる方に助言して助けてあげてもらいたい。

2006/1/29
27日の新聞のコラムにこの件に触れたものがありました。現在の日本の住宅ローンはほとんどが、リコース(遡及型)ローンと呼ばれるものだそうです。これは、担保物件を処分しても返済が完了しない場合はさらに担保物件以外の資産からの返済義務が生じるそうです。そのような制度になっているのでここで述べた担保物件を差し出してローンからのがれることはできないようです。

同じコラムによるとアメリカでは住宅ローンはノンリコース(非遡及型)ローンと呼ばれるものだそうです。こちらは、債務弁済が担保物件に限定されているそうです。日本もそのようなローンが普及すれば、今回のような事件はおきなくなるだろうとことです。確かに、担保物件の査定がいい加減なのは、価値がなくても法律的な弁済義務がなくならないからでしょうかならね。それにしても日本の銀行は保護されていますね。

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