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June 09, 2007

高校野球の特待生問題

最近プロ野球の裏金問題に絡んで、高校野球の特待生問題が話題になっている。なぜ野球はだめかという議論もあるが、まず学生野球憲章で禁止されているにもかかわらず多くの甲子園常連校を含む四百校弱もの学校が特待生を抱えていたのか。また生徒に責任はないのか。

最初早生まれがスポーツ選手少ないと言う話題で書くつもりだったが、原因と言うか、根が同じところにあるような気がしたので、まとめて書くことにした。

まず、生徒に責任があるかだが、そんなこと言うまでもないはず。あるに決まっている。そもそも生徒に責任はないから野球部を続けるなんて言うのは学校側の都合でしかない。野球を学校での活動として行うならそれは教育の一貫のはず。学生野球憲章についても学んでいて当然だ。知らなかったことが罪なのだ。

すぐに子供に罪はないとか言って子供を人質に取るのはいい加減やめてもらいたいものだ。

そもそも高校野球は教育の一貫のはず。それなのに実体はセミプロ野球と化している。その弊害として、野球が上手ければたいていのことは許されると生徒達に思われている。今話題のイジメでさえ野球部内の事だと大きく報道されない。そんな状態で生徒達が健全に育つのだろうか。
プロ野球なら野球が全てでいいと思う。でも高校野球は違う。高野連もそのことを意識しているから野球特待生を禁止しているのだろう。残念なのは、高校側がぜんぜんその意図を理解していない事だ。まあ高校側としては生徒がどう育とうが、甲子園に出て名前が売れればいいとしか考えていないのだろ。そんな学校にお金を払って通っている生徒が一番の被害者だろう。

さて早生まれがスポーツ選手に少ないこととの関連だが、この野球が上手ければなんでも許されるという風潮が早生まれの人達が子供の頃に影響を受けているように感じるのだ。

早生まれだと「運動能力が同学年で劣る。」「自信をなくす」「積極的にボールにさわりにいかない。」「経験を積めない。」「ますます、自信をなくす。」という悪循環に陥りスポーツ選手(この例はサッカーかなでも他のスポーツに似たようなものだろう)として伸びない、と言うわけだそうだ。ここの問題点は最初のところだ、なぜ運動能力が同学年で劣ると自信をなくすのだ。無条件に上手い人を優遇する悪弊があるためと思われる。

サッカーだったか野球だったか、忘れてたので、ブラジルの話かアメリカの話か忘れたのだが、少年チームでは、真面目に練習に参加した者は皆試合に出る権利があるのだそうだ。つまり上手い下手ではなく真面目に練習したかどうかで判断されるわけだ。これなら子供時代に真面目に練習する習慣がつくだろう。そして教育といえるだろ。また大器晩成型の選手の育成にもつながる。

日本の少年野球はどうだろう。小学生のころから上手い選手が試合に出るのが当たり前ではないだろうか。それでは早熟な者が有利だろう。そうでない者は早生まれが不利なことと同様に自信をなくし経験も積めない。
また真面目に練習しなくても上手い事で優遇される経験を重ねていくこともいい方向に進むとは思えない。その結果が学生野球憲章を無視しても平気な土壌を生んでいるのではないか。

このような風潮は野球界にとってもプラスにならないだろう。有望な選手の芽を摘んでいる可能性があるからだ。野球はいままで人気があったおかげで多少人材を無駄に食いつぶしても一流選手の供給問題はなかった。しかし、これからは違うだろ。少子化なうえにサッカーなどのライバルスポーツも増えている。

さて、日本の野球界は衰退するのか、問題を乗り越えて存続できるのか。

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