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May 12, 2009

なぜ地球温暖化否定論が沢山でてくるのか

養老孟司さんが新聞に書いていたが、今日本で言われる省エネ対策の多くは、国民一人一人に自制を強いるもので、旗振り役の政府は楽をしていると言うのである。
確かに、自分達でなにかやるより他人に何かやれという方が楽だ。しかも、いまの社会の雰囲気では省エネはだれもそれを否定しずらい状況だ。まるで絶対的な正義のようになっている。養老さんは政府は国民に説教するより、国際的な交渉をしっかり行ってエネルギー消費を抑えるようにすべきだと書いていたが、それだけではなくて炭素税を導入したり、風力発電、太陽光発電の電気の買取をドイツのように強制させるなどの措置を取るほうが省エネをせよと一般人に宣伝するより効果があるだろう。ただ、そのような政策をとることはそれなりの努力が必要で、ただ省エネを宣伝する方が楽にできるのでそちらに走ってるというわけだ。日本の役人も随分と志が低くなったものだ、日本のため世界のためにできることがあるのに、それをせず効果があまりなくても楽で、ちゃんと仕事しているように見えることに逃げているのだから。

その議論を読んで気がついたのだが、一般人、まあ多くの国民はやはり政府から説教されるのはイヤなんだな。でも省エネは地球のためになるなどといわれればなかなか逆らえない。なら、政府の言っていることは実は地球のためにならないという論がでてくればこれは嬉しいわけで、その部分をお金を稼ぎたい人達は見逃さないわけだ。で、実は政府の言っている省エネ対策は、地球環境のためになっていませんよ、という論調の本が沢山出てきて売れるようになるというわけだ。

このあたり疑似科学、ニセ科学で関連の本を書いて稼いでいる人達と似た構図のような気がする。ただ疑似科学の人達と違って、政府がお説教をするのを控えれば駆逐できるような気がする。そういう意味では政策の問題ということになる。
このような省エネ対策は地球環境の役に立っていない論も、その理屈をいろいろ言うところでどうも疑似科学なものが含まれてくるように感じるので新しい疑似科学の分野として定着してしまわないように願っている。

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